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JAGH

ワインメーカー/中村倫久さんを招いてワイン会を開催!

昨年11月に続き、日本人会ではカリフォルニアでワインを造っている中村倫久さんをお招きし、7月24日(日)にワイン会を開催しました。

集まったのはワイン好きの16名。中村さんの説明を聞きながら、中村さんが造られた素晴らしい白ワインを2種類6本と、比較の意味でワイン6種類を堪能し、和気藹々とした楽しい会となりました。

中村さんが追い求めるワインは、日本食に合うワイン。カリフォルニアワインの特徴であるしっかりとした果実味を残しつつ、繊細な日本の料理と調和するワインです。

今回提供頂いたのは、ソーヴィニヨンブランとシャルドネ。使っているブドウは、ナパより海岸沿いにあるソノマコーストで、より冷涼な地区。両方とも引き締まった酸が特徴で、それでいて骨格がしっかりしています。とても美味しかったです!

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2022年度テキサス州日本語スピーチコンテスト

2022年度テキサス州日本語スピーチコンテストは、3月12日午前9時半~午後1時半、COVID-19の影響で昨年の大会と同様にオンラインにより日米協会と総領事館の共催、日本人会、商工会等の協賛で開催された。

本大会には、Austin、Dallas、 Houston、 San Antonioの4地区での地区予選を勝ち抜いた36人の高校生、大学生等が日本語の詩の朗読、自作の俳句、スピーチを発表し日本語力を競い合った。各部門の上位3人には賞状とスポンサーからの副賞が授与された。

日本人会では松本利松先生のご遺志を引き継ぎ、毎年高校生オーロラ部門の日本語スピーチ上位3人に総額1000ドルの奨学金を授与している。

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田代先生ヒューストン離任挨拶(2022年1月)

グレーターヒューストン日本人会で約2年間お世話になりました田代亮介と申します。私は、Texas Medical Centerで博士研究員として、医学研究のためヒューストンへ2019年10月に参りました。大変短い期間ではありましたが、グレーターヒューストン日本人会の執行委員として、グレーターヒューストン日本人会の活動にも参加させていただくことができました。このたび、2022年1月に帰国することになりましたので、この場を借りましてご挨拶させて頂きます。

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2022年1月ヒューストン日本人会会長新年のご挨拶

皆様、新年明けましておめでとうございます。年頭に当たり、本年が皆様にとりまして健康で幸多き良い年になることを心からお祈り申し上げます。

2021年もコロナウィルス禍に翻弄された1年と思います。集合型イベントは延期・中止になり、工夫を重ねたインターネットを使っての交流へと活動の制限を余儀なくされていました。しかしながらヒューストン日本人会では決して受け身にならず前向きに、かつ慎重にイベント開催を模索し、10月には外務省支援の「コロナでも頑張ったあなたへ」副題{現場医師のコロナ最前線情報と日本人芸術家の復活公演}を実施することが出来ました。2021年外務省支援のコロナ関連プロジェクトとしては全米最大との事でした。

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2021年12月7日柳家東三楼師匠ヒューストン落語公演

コロナの影響で日本から落語の師匠はお呼びできませんが、今回は「コロナに負けない落語独演会決定!!」と称してニューヨーク在住の柳家東三楼師匠をお呼びして独演会を開催致しました。師匠は2年前からニューヨークをベースに日本文化としての落語の普及に貢献されています。コロナ対策上United Wayの会議室(80名)の大会場にMax30名と限定版の独演会として静かに楽しみました。

 

ヒューストンの演目は「牛ほめ」「目黒の秋刀魚」中入り後「試し酒」でした。子供さんも居られましたので演目も調整されたようです。ヒューストンでの落語公演は2年ぶりですので落語ファンの皆さまが多く参加されて聞くレベルも高かったのですが、師匠にとっても2年ぶりの観衆を目の前にしての公演でした。やはり目の前で笑って頂く大切さが分かりましたと言われていましたが、お互いにとって落語はやはり生が一番でした。

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Greater Houston Golf Tour

このたび、日本人会有志が発起人となって新規ゴルフ大会「Greater Houston Golf Tour」が立ち上がりました。
本大会では原則月1回のペースで大会を開催し、男性、女性、シニアの部それぞれでネットスコアで競います。

さらに今大会では自由にプレーするティーを選べるシステムとなっており、選手それぞれが実力や飛距離に応じて無理なく戦略を立てて大会へ臨めます。
ハンディキャップはUSGAオフィシャルハンディキャップを使えるほか、申告ハンディキャップによるプレー(申告ハンディキャップを利用する場合、ネットがアンダーパーになった場合に調整あり)も可能で、3回目の参加からは過去の成績に応じた大会ハンディキャップを用いることもできます。

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2021年日本人会クリスマス会開催

12月5日(日)、グレーターヒューストン日本人会主催のクリスマス会が2年振りに開催されました。今年の9月頃から日本人会では感染症の医師の指導の下に徐々に参加型の活動を再開し、10月10日にはアジア協会センターでも「コロナでもがんばったあなたへ」のイベントを開催することができました。昨年は苦渋の決断で中止したクリスマス会も、今年は皆様からの強い要望と感染症の医師のご協力で、例年より規模を縮小しての開催となりました。

会場は、恒例の名門カントリークラブPine Forest Country Clubの大ホールでしたが、安全に配慮して300人定員のところ60名を上限としました。クラブの入り口はクリスマスの飾りつけが綺麗に行われクリスマスの雰囲気が非常によく出ていました。会場には綺麗に着飾った子供さん達が楽しそうに入場され親子でクリスマスツリーの前で記念撮影をされていました。11月に着任したばかりの村林弘文総領事と奥様も参加頂き、約60名の方が来られました。

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ヒューストン日本人会主催・外務省後援「コロナでも頑張ったあなたへ!」 ~現場医師のコロナ最前線情報と日本人芸術家の復活公演~

10月10日 (日) 2時から、日本の建築家谷口先生が設計されたアジア協会センタービルにて、日本人会主催のイベントが開催されました。日本人会恒例の秋祭りに代り、外務省の支援を受けてコロナ最前線情報を中心とした今回のイベントの実施となりました。このイベントは、コロナの影響が大きかったヒューストンバレエダンサー、音楽家の皆さん、日系レストラン業界への支援も含まれています。

冒頭、日本人会武智会長の挨拶、総領事館佐川首席による福島総領事からのメッセージ代読に続き、斎藤明美さんからヒューストンバレエに所属する日本人ダンサーの紹介がありました。

プログラムの最初はバレエです。今回は、ヒューストンバレエ所属のプリンシパル加治屋百合子さんと吉山シャールさんをはじめ総勢6名の日本人ダンサーに参加いただきました。会場は、ダンス用に敷かれたシートの正面に子供達が座り、周りを椅子でぐるりと囲んだ形で、臨場感がすごくどんなに高いチケットでも、ダンサーの足元を見下ろせるほど近くで観ることはできない大変貴重な体験です。バレエファンはもとより、初めて生のバレエを観た人たちも、ダンサーたちの高度な技術と豊かな芸術性にすっかりくぎ付けになり、何度も大きな喝采が沸き起こりました。

続いて、今回のイベントのメインテーマであるコロナについての講演が行われました。メディカルセンター勤務の兒子先生、福田先生のベテラン感染症専門医が、クイズ形式でコロナについての基礎から最新情報までを網羅したお話を楽しくわかりやすく説明してくださいました。会場の2つの大型スクリーンに音響付きでパワーポイントのスライドを流しながら、まずは子供向けのコロナクイズ。福田先生の問いかけに、子供たちは手を挙げて答え、当たると大喜びです。そのあと、大人向けのクイズがあり、勝ち抜いた人たちには景品が手渡されました。それぞれの問題の後に、兒子先生の詳しい解説があり、正確な情報を改めて整理して学びなおすことができました。休息時間には、先生方が個人的な質問コーナーを用意されて、講演では質問できなかった個別の質問をする機会もあり、大変有意義な講演会となりました。

講演会の後は、世界的なピアニスト平田さんとクラリネット奏者佐々木さんの演奏、ヒューストングランドオペラの指揮者戸田さんによる2名のオペラ歌手の公演があり、最後に日本人女性コーラスグループが浴衣姿で加わって「花は咲く」の美しいハーモニーでイベントは締めくくられました。

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テキサス小児病院安達先生執刀の堀籠美羽ちゃん心臓移植手術成功

2013年生まれ8歳の堀籠美羽ちゃんは、50万人に1人と言われる拘束型心筋症という難病と診断され、日本で心臓移植を待機していました。ところが日本国内では、心臓移植までの待機期間が少なくとも数年かかるため、待っている間に亡くなる可能性が非常に高く、ご両親は海外での心臓移植に望みを繋ぎました。

 

皆さんご存知の通り海外での心臓移植は莫大な費用が掛かります。米国のテキサス小児病院での心臓移植を受ける交渉はうまく行きましたが、募金目標の1億6600万円を集める必要がありました。ご両親は「心臓移植でしか助かる道がなく、娘を救ってほしい」と訴え、友人や支援団体の熱意と協力で資金が調い、ヒューストンでの手術が可能になりました。

この段階で、ご両親から日本人会に「ヒューストンには知り合いが誰もいないので支援して頂きたい」との連絡が入り、支援の準備を始めました。この時中心になって動いてくださったのがギルブレス忍先生でした。ギルブレス忍先生は、今までの小児心臓移植の際に能勢亜子さん(心臓外科医の故能勢先生の奥様)から支援の姿勢について優しく(?)指導を受けた方です。SNSをフルに活用し支援グループを立ち上げてくださいました。

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