ヒューストン世界青少年ロボットコンテスト大会 FIRST Championship 2025 参加報告
ヒューストン世界青少年ロボットコンテスト大会FIRST Championship 2025
青少年科学技術振興会から世界青少年ロボットコンテスト大会においてヒューストン日本人会にボランティア派遣の依頼があり、3名のボランティアの方が参加し応援されました。今年は世界各地から約50,000人の若者たちが参加し、そのうち約8,800チームがFIRST Tech Challengeで競技しました.
日本からは、3つのプログラムにそれぞれ1チームずつが参加:
・FLL Challenge:名古屋の私立東海中学校・高等学校のチーム「TOKAI」
・FLL Explore:神奈川県の小学校低学年チーム「Blue42」
・FRC:千葉県の高校生チーム「Sakura Tempesta」
その中でヒューストン日本人会はFLL Challengeチーム「TOKAI」を支援。東海高校は愛知県有数の進学校です。このチームは、FLL初参加ながら日本大会で見事優勝し、ワールドフェスティバル出場の切符を手にした非常に注目されているチームです。
「ヒューストン日本人会の皆様をはじめ、多くの方々に通訳や現地でのサポートをいただき、チーム一同、安心して大会に臨むことができました。特に、言語や文化の壁に不安を抱えていた子どもたちにとって、皆様の存在は本当に心強く、支えとなっておりました。国際大会という特別な舞台で、しっかりサポートしていただける方がそばにいるという安心感が、どれほど大きな力になったかは計り知れません。」とのお言葉を頂いています。
FIRST Championship の概要
FIRST Championship は、米国の非営利団体 FIRST(For Inspiration and Recognition of Science and Technology) によって主催される、世界最大級の青少年向けロボットコンテスト大会。その趣旨・成り立ちは、単なるロボットコンテストにとどまらず、次世代の STEM(科学・技術・工学・数学)リーダーを育てること。
<創設の経緯>
創設者 Dean Kamen ; 医療機器の発明家であり、インスリンポンプや Segway(自立走行支 援 Vehicle)の発明・開発者としても有名。「若者がロックスターやスポーツ選手に憧れるように、科学者にも憧れるようにすべきだ」との信念から FIRST を 1992 年に設立」。
初開催は、ニューハンプシャー州での小規模大会から始まり、数年で全米、世界で拡大。2000 年代以降、FRC(First Robotic Competition)や、FLL(First Lego League)が世界に広がり、毎年春に米国での世界大会が開催されるようになった。(2022 年以降、ヒューストン市単独での開催であり、 2025 年(今年)から 2027 年までの 3 年間、ヒューストンでの開催継続が決定(これまでの開催都市の情報は付録参照))
<実施プログラム>
First Championship のプログラムは、ロボットサイズによって、大きく 3 分類に大別され、昨年同様、通訳ボランティアを務めさせて頂いたのは、FLL(First Lego League)の部(以下赤枠)。
1. Team TOKAI(東海)の紹介
愛知県でも有数の医学部、有名国立・私立大学への進学高で有名な東海中学 3 年、東海高校 1 年生から混成される 8 人の若い精鋭が今回の世界大会に参加。(昨年は、京都の東山高校)日本での国内大会で優勝したチームのみが世界大会への切符を手にすることができる、いわばロボット競技オリンピック版の日本代表として参加。
2. 大会の様子と通訳ボランティア
今回通訳のボランティアを務めさせて頂いたのは、須田さん、エリックさん、三原さんの 3 名。須田さん、エリックさんは、ホテルから会場までの生徒・親御さんの送迎のサポートもして頂きました。
1日目(4 月 17 日)プレゼンテーションと本番前の実技(練習)
チームは、レゴの部品を使って作り上げたアタッチメントという組立を複数用意し、決められたコートの中(卓球台より少し小さいイメージ)で、決められたルートを自動走行させ、各ミッションをクリアしていくゲームに挑戦。このレゴロボットを駆動させるモータは、各チームで様々な工夫がされており、東海チームは、ジャイロセンサーを搭載して、これを確実にRunさせるプログラミングも自分たちでコーディングして、試合に臨む。1 日目は、各チームに割り振られた練習時間(一回 10 分を 5 回ほど)使って、本番前の最終調整を行った。
出場チームは、世界から 160 チーム。各チームが持ち場(ピット)を持ち、自分たちのチームカラーやお国柄をアピール。東海チームは、愛知県からの参加ということで、同県お膝元のShachihataさんが強力に同チームをサポート。同社特許技術の Layered Stamping でポストカードに葛飾北斎の浮世絵で有名な「神奈川沖浪裏」を無料で体験できるコーナーを設置したところ、海外チームからの人気が日に日に増し、チーム同士、保護者同士、通訳同士、コーチ同士のコミュニケーションが活性化されました。
プレゼンテーションの部では、海底探査(今年のテーマ)におけるデータマネジメントの課題に着目し、海上保安庁や、海底データの利用者である九州工業大学の教授にも直接インタビューを行い、メッシュデータの単位に揺らぎ(10 進法、60 進法が混在)があり、ユーザーからの使い勝手に改善の余地がある点を学生たちで議論し、これを改善するアプリの開発を提案するなど、チーム同士の意見をうまく纏め上げた高度かつイノベーティブなプレゼンを英語で行うことができました。(このプレゼンの成果も、加点の 1 つ)
2日目(4 月 18 日)実技本番(計3回)
いよいよ本番当日。合計 3 回の実技を行い、3 枚のトライアルの内、最高得点のみが採 用されるルール。日本とは規模も雰囲気も全く異なる状況の中、生徒たちは、想定外の事象と戦いながら、何とか軌道修正を図り、3 回目の試合でその日、チームとしては最高得点をマーク。結果的に、29 位/160 となりましたが、世界を相手に、上位 30 位内に食い込む大健闘を果たしました。また米国三菱重工業からカップケーキの差し入れを頂きました!子供たちも大喜びであっという間になくなりました!(アメリカのハンバーガーばかりたべていたので、甘いものが欲しかったとのこと!)
その日の夕食では、やっと本番からリラックスできたのか、違うテーブルで食事をするアメリカチームの子供たちと、言葉がなかなか通じないながらも、日本で流行っている手遊びを教えてあげたり、子供たち同士のNaturalな交流が広がっていく様子がとても印象深かったです。
3 日目(4 月 19 日)最終日(チーム混合競技と表彰式)
本線とは別に行われたチーム混合競技では、SanJose のチームと、ルイジアナ州のチームと組んで、一つの課題に取り組み、なんと、上位 3 チームに入りました。素晴らしい!相手はアメリカ人の子供たちばかりなので、最も通訳が必要とされる場面でしたが、子供たちなりに一生懸命会話を使用とする姿がとても印象的でした。
表彰式では、東海チームは、総合表彰には叶いませんでしたが、優れた技術のあるチームに贈られる Engineering Excellence Award を受賞!非常に名誉ある賞で、胸を張って日本に帰国できたと思います!
4.大会を終えての感想
昨年からこの大会の通訳ボランティアを初めて務めさせて頂き、今年で 2 回目となりました。改めて、ヒューストン日本人会からこのような貴重な機会を頂けたことに感謝申し上げます。また、本大会、同じく通訳として、ボランティアを務められた須田さん、Eric さんの献身的なサポートなしでは、最後まで成し得なかった大会だと思います。お二人のご活躍に私も非常に感銘を受け、大変勉強になりました。この場をお借りして、御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
この大会は世界各国のいわば地区予選を勝ち抜いたチャンピオンが集まった世界大会であり、どのチームが優勝してもおかしくないレベルの高いものです。東海チームが参加した階級は、ロボットの規模としては一番小さいクラスで、レゴブロックを使うものですが、簡単そうに見えて、何万通りもあるレゴブロックの組み合わせをミッション達成に向けて最適化するデザイン力は、まさに技術者そのものの能力。この大会が目指す、STEM 教育の実践とはこのことを言うのかと、今年も改めて感心した次第です。
東海中学・高校の学生、世界から集まった多くの学生(高校生から小学生)に私はたくさんの勇気と元 気を貰いました。レゴブロックをベースとしたモジュールにモーター駆動装置を組み込み、ソフトウェアアルゴリズムも独自に工夫して仕上げ、チームワーク、個人の力量ともに見事でした。
運営側が事前に定めたミッションをクリアするために、試合の中ではコンフィギュレーションを都度変えていく必要があるのですが、そのアタッチメントも皆がアイデアを出し合って作りこんだものを武器に世界から集まったライバルを相手に見事に戦い抜き、技術優秀賞も受賞しました。Native の英語が飛び交う中、慣れない環境で、体調を崩す生徒さんもいましたが、同行された保護者のご支援、チームワークも見事でした。チームの技術コーチとして温かくも厳しくも見守ったお父様、飛行機、ホテルの手配まで旅行代理店に頼らず、安全と低コストを両立させる旅行プランを独自に作成されたお母様、練習から本番まで、スマホのカメラで撮影とインスタグラムのアップを担当されたお母様、ピットでしっかり他国のチームの対応を行ってくださっていた留守番役のお母様、等々、保護者の方もお仕事がある中休みを取り、生徒が試合に集中できるようにまさに、保護者の皆様も一体となって、ワンチームとして取り組む姿に胸が熱くなりました。
夕食をご一緒させて頂いた際に、生徒たちに、未来の夢を聞きました。既に固まっている生徒もいれば、これからの考えますという生徒もいましたが、一部の生徒が語ったのは、日本の外に出て、アメリカや海外でもっと経験を積みたいという夢でした。短い時間でしたが、この大会を通じて、海外の生徒とコミュニケーションを取れたことに多少の自信を持てたのだと思いました。これまでのプロセス、大半が、くじけたり、失敗の連続だったりと、躓くことが多くても、この世界大会に来るまでの道のり、一つ一つの小さな成功体験の積み重ねによって、生徒たちはきっと自信を持てたのだなと、彼らの夢はここからも無限大に広がっていくのだなということを私も生徒たちとの会話を通じて大変勉強になりました。考えているだけでは始まらない、まさに、案ずるより産むが易し、を地で行く、若くまっすぐに前を向く若者たちの目に明るい未来を感じることができました。未来を担う若者が、これからも世界に飛び出て、実力を試し、ギャップをかみしめつつ、更に成長に繋げていく機会がこれからも益々増えることを祈りたいと思います。そして、これからも微力ながらボランティアとしてこうした活動を支えていきたいと思います。
改めて、このような機会を今年も頂き、誠にありがとうございました。他の機会でもヒューストン日本人会にご協力したいと思っています。
以上
(付録)過去の開催都市
1992 年:マンチェスター(ニューハンプシャー州)
1993–1994 年:ナシュア(ニューハンプシャー州)
1995–2002 年:オーランド(フロリダ州、Epcot Center)
2003 年:ヒューストン(テキサス州、Reliant Park)
2004–2010 年:アトランタ(ジョージア州、Georgia Dome)
2011–2017 年:セントルイス(ミズーリ州、Edward Jones Dome)
2017–2019 年:ヒューストン(テキサス州)およびセントルイス(2017 年)/デトロイト(2018–2019 年)
2022 年以降:ヒューストン(テキサス州)